京都地方裁判所 昭和50年(ワ)569号 判決 1985年12月13日
原告
有限会社葵製紐所
右代表者取締役
安達敏郎
右訴訟代理人弁護士
藤平芳雄
被告
河原林孟夫
右訴訟代理人弁護士
林弘
同
渡辺淳
同
松岡隆雄
主文
一、被告は原告に対し、別紙物件目録(一)、(二)記載の各土地について昭和四二年一二月九日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は、これを三分し、その二を被告の、その余を原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1. 主文一項同旨。
2. 被告は原告に対し、金三〇〇万円、及びこれに対する昭和五〇年五月三〇日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
3. 訴訟費用は被告の負担とする。
4. 2につき仮執行宣言。
二、請求の趣旨に対する答弁
1. 原告の請求をいずれも棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 原告の取締役であった安達敏郎は、原告のために被告から、昭和四二年一二月九日、別紙物件目録記載の各土地、建物(以下「本件各土地、建物」という)を代金一七〇万円で買い受けた(以下この契約を「本件売買契約」という)。
2. 原告は、昭和四五年ころ、本件(二)土地上に工場を建築するため、時価金三〇〇万円相当の木材を購入した。
被告が右工場建築を妨害したため、建築できないまま右木材全部が朽廃し、原告は金三〇〇万円相当の損害を被った。
よって、原告は被告に対し、売買契約にもとづき、本件各土地につき昭和四二年一二月九日売買を原因とする所有権移転登記手続と、損害賠償金三〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五〇年五月三〇日から支払ずみまで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
請求原因事実1のうち安達敏郎が原告の取締役であることは認め、その余の各事実はすべて否認する。
三、抗弁
1.(一) 被告と原告取締役安達敏郎は、本件売買契約に際し、契約後五年経過以降は、本件建物を競落代金相当額の一五〇万円で被告が買受けることができる旨の再売買予約を行い、その予約が完結されたときは、本件各土地の所有登記名義は被告に戻す旨の合意をした。
(二) 被告は、原告に対し、昭和四八年九月ころ、本件建物の再売買予約完結権を行使する旨の意思表示をした。
(三) 被告は、原告に対し、同五四年五月七日の本件第二四回口頭弁論において右予約完結権を行使する旨の意思表示をした。
2. 原告と安達敏郎は、本件売買契約に際し、本件各土地上に原告が建物を新築しない旨合意した。
四、抗弁に対する認否
1. 抗弁1の各事実のうち(一)(二)は否認する。
2. 同2の事実は否認する。
第三、証拠<略>
理由
一、本件売買契約について
成立に争いのない甲一ないし四号証、一一号証の一、二、第一二、一三号証及び乙一号証、証人加藤鎭雄の証言及び原告代表者本人尋問の結果により成立の認められる甲五ないし八号証、証人加藤鎭雄及び森田隆三の各証言、原告代表者及び被告各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。
1. 本件各土地はもと被告の所有であり、本件建物はもと株式会社西日本プラステイックセンター(以下訴外会社という)の所有であった。本件各土地は隣接し、本件建物は本件(一)土地上に存している。
2. 訴外会社は経営に失敗し、株式会社京都相互銀行に対する一五〇万円の貸金元金債務とこれに対する昭和四一年一二月一日より日歩五銭の割合による遅延損害金を支払うことができなくなった。そのため同銀行は本件建物について設定されていた根抵当権に基づき任意競売の申立をし、京都地方裁判所は昭和四二年一〇月一日競売開始決定をした。
被告は訴外会社の右債務につき連帯保証しており、同銀行よりその債務について、被告所有の田など一一筆について強制競売の申立を受けていた。
3. 前記2のとおり強制競売を申立てられた被告所有の土地の中には本件各土地に近接する田も存した。右競売手続において鑑定人のした評価は、田につき小作権などの制限がないと仮定した場合、反当り三〇万円、つまり一平方メートル当り三〇〇円であった。このことからすると本件各土地の単価も同程度であり、本件各土地の当時の時価はあわせて約二三万円であった。
本件建物は昭和四一年に一五〇万円を費して建築されたものであったが、同四三年における時価は約一〇〇万円であった。
4. 被告は本件建物を賃貸してその賃料で右2の債務を分割弁済することの合意を取付けたいと考えたが、同銀行が承諾するほどの賃料を取得することは困難であることが判明し、原告も本件建物と各土地の所有権を買受けることを希望したので、被告もこれらを売却することに決めた。
5. 被告は西田株式会社社員加藤鎭雄を介して原告と交渉のうえ、昭和四二年一二月九日ころ、原告は被告のために一六〇万円を支出し、被告はその対価として原告に本件各土地と建物との完全な所有権を取得させることに合意した。
6. 原告は昭和四三年二月一一日以降、本件各土地、建物を使用して来ている。
7. 原告は右合意にもとづき被告のため一七〇万円を支出し、このうち二〇万円は被告に交付された。原告は被告の承諾をえたうえ、被告の同銀行に対する債務を消滅させ、かつ本件建物の所有権を取得する目的で、前記任意競売手続で代金一五〇万円で本件建物の競買申出をして同年七月一六日競落許可決定を受け、右一七〇万円のうち一四〇万円に、西田株式会社の支出した金員を加えて代金を納付してその所有権を取得した。
8. 同銀行は右任意競売手続で一番抵当権者として配当を受けたほか、原告、西田株式会社の支出した金員より右2の債権の完済を受けて前記強制競売申立てを取下げた。
9. 被告は原告に対し、本件土地について所有権移転登記手続をする約束をしたが、右土地について抵当権設定登記を有する社寺信用組合との間に争いがあるとの理由でその履行をしなかった。
右認定の事実によれば、被告は昭和四二年一二月九日ころ原告に対し本件土地を売渡したものとすることができる。
これに反し被告本人尋問の結果には、原告に売渡したのは本件建物だけであって、本件土地は売渡していないとの部分がある。しかしながら、右認定のとおり、被告は原告に対し本件土地の所有権移転登記手続をすることを約束していたこと、原告が被告のために出捐した額は本件土地と建物の双方の時価を加えた額を上廻ることなどを考慮し、前記甲五、六号証証人加藤鎭雄の証言、原告代表者本人尋問の結果とも対比すると、右部分の被告本人尋問の結果は採用することができない。
二、再売買予約について
証人加藤鎭雄の証言、原告代表者及び被告本人尋問の結果によれば、被告は本件契約の前後に原告に対し、契約後五年したら本件各土地と建物とを買戻したいとの話をしたことが認められ、もと相被告西田忠治及び被告各本人尋問の結果中には、原告も五年後の買戻を承諾していたとの部分がある。
しかしながら、(1) 証人加藤鎭雄の証言によれば、被告の右の話においても買戻代金をいくらにしたいかについての話はなかったと認められること、(2) 証人加藤鎭雄の証言及び原告代表者本人尋問の結果によれば、原告は本件各土地、建物を紐制作の工場として使用する目的で取得し、現に本件建物を修理し、機械を搬入し、工員を雇用して、紐製作を始めたことが認められるが、本件全証拠によっても、この工場が五年間で閉鎖してもよいほど仮のものであったとの立証もないこと、を考慮し、原告代表者本人尋問の結果とも対比すると、西田忠治及び被告各本人尋問の結果その他本件全証拠によっては、本件契約五年後には本件各土地、建物を被告に移転する交渉を行う旨の合意ならともかく、確定的に被告主張のような再売買の予約が成立したと認めることはできない。
以上の判断によると、原告の本件各土地の所有権移転登記手続の請求は理由がある。
三、損害賠償請求について
原告代表者及び被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、原告は本件契約後に古材を三〇万円の支出をして購入し、本件(二)土地上に工場用建物を建築しようとしたこと、被告は右建築見積りをした大工に対し、右建築に反対であることを伝え、原告はこれを伝え聞いて右建築を取止めたため、右古材は使用されることなく朽廃したことが認められる。
しかしながら、本件全証拠によっても、被告が実力をもって右工場建築を妨害したとか、そのほか被告が原告の右建築を不可能にしたとかを認めることはできないから、原告の損害賠償請求は理由がない。
四、結論
よって、原告の所有権移転登記手続を認容し、損害賠償請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条本文を適用して主文のとおり判決する。
物件目録<略>